<本ブログは、日本マイクロソフトの日本マイクロソフトのコーポレートニュースレター「Potential」の記事を抜粋して掲載したものです。>
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2003年に新たなメンバーとともに、世界大会への準備をスタート
「テクノロジーを使って今日の世界に変化を起こさせたいという情熱、想像力をもった学生を応援する、Imagine Cup。日本大会 1 位のチームメンバーの欠員により、世界大会への出場の打診をされた河村辰也さん (当時: サレジオ工業高等専門学校、現在: 情報セキュリティ大学院大学) は二つ返事で引き受けました。
日本代表チームは、デジタル サイネージ (ディスプレイやプロジェクターに画像や情報を表示する広告媒体) を利用した募金ソリューション「SunDonation」を考案。これは、スポンサーの CM を視聴することが寄付行為になるという、ビジネスモデルで成り立つものでした。

1 位のチーム メンバーは京都に住んでおり、僕が住む東京と距離が離れていたので、メールや無料電話ソフトなど、テクノロジーを駆使して連携と開発を進めていきました。それでも開発にはいろんな壁がありましたね。」と河村さんは振り返る。Imagine Cup では開発だけではなく、実際にビジネス モデルを成り立たせるためのスポンサー探しなど、プロジェクト全体を動かすチームワークが問われます。そのため、お互いのコミュニケーションと自分の責任を果たすことが重要になってきます。「コンテストの出場期間中に、日本代表メンバーがどんどん成長している様子が見てとれました」 (日本マイクロソフト アカデミックテクノロジー推進部・楠原史子)。
「実は日本大会で一緒に闘ってくれたサレジオ高専のみんながプログラムの不具合を解決するためにサポートしてくれたんです。それがなければ、わずか 2 か月でイチからプログラミングを完成させるなんてことはできませんでした。それにどんな言語でもすぐに読めてしまう、マイクロソフトのエンジニアさんにも助けてもらいました」 (河村さん)
 

世界を見て、視野が広がった Imagine Cup の世界大会
そしていよいよ 2011 年、Imagine Cup 世界大会が開催。 35 万人以上の応募者の中から、予選を勝ち抜いた 180 チーム 450 名の学生が、米国ニューヨーク市に集い、一週間かけて世界一を競い合いました。会場は大歓声と熱気の渦に包まれていました。 「コンテストはもちろん、ほかにもいろんな刺激を受ける機会がたくさんありました。例えば、交流会でインドやスロバキアから来たチームと話したんですが、君は英語を学ばなきゃいけないという気持ちが強すぎる。英語はいまや使えて当たり前。もっと積極的に使ってコミュニケーションしないと! と言われました」と河村さん。交流するなかで、日本人としての自分の考え方がどんどん見えてきたといいます。 「いろんな意味で自分を見つめ直すいい機会となり、自分の視野をぐんと広げることもできました」 (河村さん)。

Imagine Cup ではテクノロジーの競い合いだけでなく、学生同士で異文化コミュニケーションをはかる場となっており、お互い刺激を与え合っている場にもなっています。
「たった一歩、勇気を出して踏み出したら、それ相応のチャンスを学生が持てるようにしたい。そして日本の学生の "国際競争力の育成" につながれば嬉しいです。多くの学生達に、この Imagine Cup を知ってもらうと共に、私たちマイクロソフトは夢を持つ若者を全力で応援していきたいです」 (楠原)。 "若者こそ、未来――"。そう語ったビル・ゲイツの思いが伝わり、どんどん夢が具現化しています。
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転載ココマデ
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